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■第2節 ルナルに奴隷制は横行するのか?
 豊かな自然に頼り切った狩猟生活から農耕生活に切り替わった時、奴隷制の概念も生まれた。農耕は、植物の管理に時間がかかるため、それらの仕事を押し付けるため、戦争で負けた民を奴隷化し、荘園で働かせるようになった。

 こうして人間社会に奴隷制度が生まれた。
■オート・マトンの存在
 ところがルナル世界では、呪文を使えば単純労働力を調達できたりする。

 もっとも有名なのが、《死人使い》の呪文で生成されるゾンビやスケルトンといったアンデッドである。これらは、正義の味方のプレイヤーキャラに襲い掛かる敵として頻繁に登場するが、本質的にはタダの人形であり、単純労働力としても使える。
 実際、ネクロマンサー(死霊魔術師)が、生きてる味方が自分とごく少数の側近だけなのに、そこそこ巨大な教団組織を運営できるのも、アンデッドが様々な単純労働に従事させられる事と無関係ではないだろう。

 これが生きている人間の労働者だと、給料が安いだの労働環境が悪いだの、睡眠時間を寄越せだの、雇用者にとってはできれば削りたいコストの悩みが多い。
 しかし、AI搭載のロボットが生きてる労働者と同じことをやってくれるならば、当然、雇用者はそっちを使おうとするだろう。必要なのは、ロボットの燃料補給と定期メンテナンスだけで、後は24時間フル稼働していても文句は一切飛んでこないのだから。
 アンデッド作成の技術は、資本家の夢(賃金がいらない労働者)をかなえる素晴らしい呪文の一つと言える。

 ただし死体を動かすアイデアは、死者への冒涜という倫理的な問題が存在し、またゾンビなど腐敗途上のアンデッドは病原体の媒体となるため、生きてる労働者や雇用者にとって、衛生管理の上では誠によろしくない。
 リアド大陸の人間やドワーフも、昔は墓守などにワイトを使用していたという歴史もあったが、現在はその習慣はない。そして社会的にも、公式の奴隷は存在しない(闇タマットの債務奴隷ならたくさんいるだろうが…)。
 そこで次に考案されたのが、《ゴーレム》の呪文で作成される自動人形である。…とは言っても、実はこれも《動像》の呪文で人工的な魂を封入して動かすシロモノなので、《死人使い》と同じ死霊魔術だったりするのだが。

 ただ、死体を直接動かすのとは異なり、倫理的な問題はアンデッドを動かすよりはマシである(呼び出された魂がどこに由来するものなのかルールブックには全く書かれてないので、その手の倫理的問題は曖昧にされるのが常)。それに、ゾンビが抱えている衛生上の問題もゴーレムでは存在しない。
 また、素材となる鉱石に応じて強度とパワーも増加するため、アンデッドだと数体必要な作業も、ゴーレムなら一台で事足りる事が多い。



 ただしゴーレムは、作成コストが非常に高く、メンテナンスもマメにやらないとダメだろう。アンデッドのように使うだけ使い倒して、壊れたらまた別の死体を動かせばいいや的な雑な扱いでは、コストに見合った採算が取れない。労働者と同じで、ゴーレムの扱いにはデリケートさが必要なのだ。

 そして一番の弱点は、ゴーレムを作り出した術者への依存度が高すぎる事。
 一応、他人に従うように命令はできるのだが、ゴーレムが破損した場合、補修できるのは創造した術者の治癒呪文だけである(おそらくゴーレム側が他人からの呪文に対して自動抵抗するからと思われる)。
 常にメンテナンス用に製造者を配置せねばならない時点で、事実上、術者とゴーレムはセットで扱わねばならない事になり、その魔術師に支払う給料が発生するわけだ。これは魔術師という希少価値の高い人材でもあることから、雇用コストのかかる存在であり、「人間の労働者を使わない事で安く上げる」という奴隷代行システムに「?」が付いてしまうことになる。

 …まあ、人間の労働者と違って、ゴーレムの主人たる魔術師さえ労わっておけば離職率が低いだけマシなのかもしれない。
 あと、銀の月の眷属限定だが、元素獣を呼ぶ方法もある。銀の月信仰の最大のメリットは、この従者を手軽に調達できることであるといっても過言ではない。元素獣の知力は様々だが、中には知性が高い個体も存在し、様々な呪文支援を行ってくれるし、ゾンビやゴーレムと異なり、ある程度の自律意志を持つ事から、行動に融通が利く点が非常に大きい。
 こんな優秀な奴隷が、ゴーレムよりはるかに安いコストで複数召喚・使役できると考えれば、銀の月信仰がいかに絶大なパワーを秘めているかが分かるだろう。

 ただ、魔法生物とはいえ、ちゃんと知性や人格を持つ存在なので、人間の倫理からすると、どう見ても魔法的な奴隷制度である。だが、そもそも元素獣を使役する術者からして「神の下僕」だったりするので、彼らにその辺の感覚は存在しないのだろう。
■魔法的なロボット・アーム
 人に代わる高性能ドロイド以外にも、単純な動作の繰り返しの自動化だけならば、呪文で再現可能である。それを実現するのが、移動系呪文《従者》の魔化である。

 《従者》の魔化アイテム単体では、同じ動作を繰り返すだけの部品に過ぎないが、いくつかの異なる動きを繰り返す《従者》の魔化を、《連動》の魔化で条件付けしながら組み合わせれば、生産ラインに並ぶ産業ロボットのようなものも開発できるはずである。
 これは単品の例だが、こういうアイテムをいくつも連結させる事で、ベルトコンベア式の流れ作業場を作り出す事もできるだろう。

 《従者》のもっと単純な利用法として、ハンドルが付いた車輪を《従者》に回すように命令することで、事実上の「動力」が完成するという話もある。これがあれば、水車動力や蒸気機関など不要である。ドワーフの車輪技術と組み合わせれば、馬なしの戦車じみた兵器も作れるかもしれない。
 …体力15の男1人で台車を動かそうとすると、相当軽量じゃないと無理だと思うので、まあこれはジョークの産物だが。

 てか、普通に砲手と護衛の兵士で押していけばいいよなぁ?(苦笑)
 あと、ゴーレムに牽引させるという手もあるかな。
■技術者は代用品がない
 しかし残念な事に、どんなに呪文を駆使しようとも「技術者」に関してはどうにもならない。

 「ガープス・マジック」に記載された呪文の範疇で、技能もちのオート・マトンを作り出す呪文は《従者作成》だけで、これは魔化で永続化できない呪文である。オマケに習得前提条件が「素質3」と非常に厳しいので、ごく一部の魔術師しか運用できないし、その魔術師が寝ている間はやはり維持できない。

 また、情報伝達系呪文の《技能付与》を使えば、術者が習得している技能を一時的に貸与する事ができる。ただしこれも一時的なもので、そもそも術者自身が必要とする技能を習得していないと使えない。

 なお、最高奥義書である「ガープス・グリモア」を見ると、《ドッペルゲンガー》という魔化系呪文も存在する。これは《ゴーレム》の上位互換で、実在する人物のコピーゴーレムを作り出す。外見や性格、知識や技能すらもコピーしてしまえる(ただし魔法の素質だけは持てない)。
 ただし、必要コストが凄まじく、量産など不可能である。また、コピー元となる実在する技術者が必要となるので、《従者作成》のように何もないところから都合の良い技術者を生み出せるわけではない…というか、そもそも呪文の習得前提条件に《奴隷》の呪文が入っているので、コピーなんてまだるっこしい事をせずとも、技術者本人を魅了してしまえば済む話だったりする。



 結局のところ、実際に人間が技術を習得し、研鑽していくしかない。「技能を持った人間」そのものが
『唯一無二の宝物』みたいなものであり、代用品など存在しないのだ(そうでないと人間の存在意義がないという話もある)。
 しかし、作業量の多い単純労働を呪文で何とかできるのは、それはそれで大きいはずだ。双月歴1000年ほどの現在のルナルでは、まだ十分な数のゴーレムが稼働してないようだが、そう遠くない未来、単純労働は全て魔化アイテムがこなしている時代がやってきても、そう荒唐無稽な話ではないと思われる。

 …というか、<多足のもの>は既にそれを達成していたりするわけだが。

 そんなわけで、リアド大陸に公式の奴隷制度が存在しないのは、それほど不自然でもない事だと思われる。ただし、南の大陸ジャナストラ(ユエル・サーガの舞台)では、また事情が異なるようだが。
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